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2010年12月31日 (金)

年末のご挨拶

今日で、2010年も終わりですね。

今年は、二人目を無事に出産して、結莉奈も生後3ヶ月を過ぎ、1月4日には生後100日を迎えます。お食い始めをしないと。。

そんな我が家に昨日、ようやく地デジ対応の液晶テレビが届きました。私の実家も購入することになっていたので、実家のと合わせて、大手家電量販店の店員さんに2台買うことを条件に、お安くしてもらいました。

買ったのには、日立のWooo 42型です。実家と同じのにしました。しかも、これを買うとTポイントを申請することが出来るというので、2台分2000ポイントを年明けにでも申請しようと思ってます。あと、エコポイントも申請しないと勿体ないですよね。

やっぱり、新しいテレビにするとキレイでいいですね!当初は、テレビの置き場を変えようと思い、場所を広げたのですが、結局今まで置いてあった場所にテレビを置いて落ち着きました。

28日に翔平は、初めて映画を映画館で見ることが出来ました。私の父が前々から5才の甥っ子と映画を見ることを約束していました。翔平も連れて行ってくれるというので、父にお願いして、仮面ライダーを見に行くことが出来ました。どうも、小3の甥っ子も一緒に行ったようです。とっても楽しかったようで良かったです。

年末もバタバタしてましたが、何とか良い年を越せそうです。

皆様も良いお年を。。。

来年もよろしくお願いします。

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2010年12月27日 (月)

クリスマス&生後3ヶ月

24日は、私の実家でクリスマスパーティーxmasをしました。

義兄は、胃腸風邪でダウンのため欠席。旦那と父は、仕事で帰りが遅いので、先に女性陣と子供たちだけで始めました。

Dsc03071料理の準備をしている間、小1の姪っ子に抱っこされる結莉奈。毎回、抱っこが危なっかしいcoldsweats01けど、お姉ちゃんしていました。

Dsc03072Dsc03075今年のメニューは、チーズフォンデュです。あとは、チキンとポテトなどで、あっという間になくなりました。結莉奈は、私の姉に抱っこして貰って、口に泡を出しながら、料理を羨ましそうに見ていましたbearing来年は、結莉奈も一緒に食べられるね。

Dsc03079Dsc03083父と旦那が帰ってきてから、今度はケーキbirthdayを出して、シャンメリーで乾杯wineケーキは去年と一緒で、フルーツタルトです。子供達は食べないので、大人が食べたいのを選んでますsmile翔平は少しだけケーキを食べてましたけどね。子供達は、ケーキよりアイスの方がいいので、アイスを食べてました。

Dsc03089両親から子供達へお菓子のプレゼントpresentトミカのボックスです。中には、ちょっと小さめのトミカが一台付いていました。そして、横にあるトラックのは、姉からのプレゼントです。しかも、このトラックは我が家にすでに前から3台あるので、これで4台目ですcoldsweats01トミカの数が増えてきたから、片付けるのに丁度良かったです。

我が家からは、両親に結莉奈を出産の際に、家族全員で一ヶ月ほど泊まってお世話になったこともあり、前から買うのを迷っていたデジカメcameraをプレゼントpresentしました。喜んで貰えて良かったです。

さて、クリスマスパーティーも終わり、翌日の朝は、サンタさんからのプレゼントpresentが待ってます。

毎年、枕元に置いてあげたいのですが、寝相の悪い翔平に枕元に置けるスペースがちょっとないので、和室のオモチャで遊べる部屋に毎回プレゼントは置かれています。

ただ今回は、ちょっと意地悪をして、ボールハウスの中に隠して置いておこうと思い、置いたのですが、翔平には全く効果がなく、ガッカリ。。down

プレゼントが無いって泣くweepと思ったら、「無かったeye」と、あっけらかんと探しもせず。こっちが言っても探そうとせず、あきれてしまいましたthink結局この日に、翔平の手に渡ることはありませんでした。

そんなこの日は、旦那の実家へ行ってクリスマスプレゼントpresentを貰ってきました。

再度、同じところにプレゼントpresentを隠して、翌朝も頑張ってみましたが、全く探す気がない翔平に怒れてきてgawk、結局ある場所にまで何とか誘導をして、ようやく翔平が「プレゼントがあったhappy01」って気づきました。私の考えは、翔平には全く通用しなかったことに、涙が出てきてしまいました。。。weep

Dsc03086Dsc03087Dsc03088それでも何とかサンタさんからのプレゼントが貰えた翔平は、喜んですぐに遊んでいましたsmile一日遅れで貰ったプレゼントは、プラレールのパトライナーです。

来年からは、やっぱり枕元に置くことにします。  反省。。。crying

Dsc03084さて、26日で結莉奈は、生後3ヶ月になりましたhappy01ちょっとご機嫌ナナメで泣いている結莉奈crying恒例の体重は、服を着た状態で約6.4㎏でした。来月には、3ヶ月健診があります。

最近は、よく声を出すのですが、声も大きくなり、いっぱいお話をしてくれて可愛いですcatface

Dsc03059Dsc03063 翔平も結莉奈の世話を良くしてくれます。この写真は、以前お出掛けの際に、率先して結莉奈に靴下を履かせてあげようとしている翔平です。でも、足をバタバタさせる妹に苦労して、挫折してましたが、私が手伝ってあげてようやく履かせることが出来ましたgood

そんな翔平も、結莉奈が泣いていると、「うるさいpout」って言うようにもなりました。自分は遊びたいのに、私から結莉奈をあやして欲しいと言われると、イヤでこういうことを言いますthinkそれでも、ちょっとでもお世話をしてくれると私としてはとっても助かります。

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2010年12月18日 (土)

2回目の個人懇談会

16日は、翔平の通う幼稚園で個人懇談会がありました。

この日は、たまたま旦那が有休を取っていたので、結莉奈も連れて4人で行きました。懇談会の時間も最後の時間だったので、ゆっくりと先生とお話をすることが出来ました。

先生から、「特に何も言うことはありません。元気に遊んでいますよconfident」って言われました。話の内容としては、前回7月にあった時と同じようなことが多かったです。

2学期に入ってから、友達と誘い合うことも増えて、みんな遊びが変わってきたそうです。今では、鬼ごっこやかくれんぼをするようになって、翔平は特に走ることが好きなようで、よく駆け回っていると言われました。その割には、運動会のかけっこではビリだったのに。。。

給食では、2学期から箸を使える子は使い始めても良いことになり、翔平もたまに使って食べているそうです。あと、おかわりでなく、「大盛りにして下さい!happy02」って先生に言うこともあるそうです。まぁ、たいていそういう時のおかずは、焼きそばが大好きだから焼きそばだと思うんですけどね。食べるペースも遅い時はあるけど、何でもしっかりと食べているそうです。グレープフルーツなどの酸っぱい物は、酸っぱそうな顔をしながらも全部食べているそうです。

いつも幼稚園から帰ると、必ず「今日のお給食はね~catface」って言うので、給食しか楽しみがないのかと思ってしまうほど、給食が好きです。もちろん、「ママ、明日のお給食は何?happy01」って聞いてきますけどね。

教室での様子では、マイペースなところも多いようです。分からないことや出来ないことがあると、先生が気づいてくれるまで先生の顔を見ているようで、先生が気づいて「どうしたの?」って聞くと、やっと出来ないこととかを言うそうです。なので、そこは直さないといけないので、家でもちゃんと言えるように言い聞かせておきました。

今まで描いた絵を先日持って帰ってきたのですが、ロケットや動物など上手に描けていたのでビックリしましたeye家でも描いてくれる嬉しいのに。。。think

結莉奈は、起きていたのですが、グズることもなく、イイ子にいてくれましたcatface

そしてこの日、高校時代の友人から3日の日に無事女の子を出産したと報告がありましたhappy02予定日より2週間ほど早く、破水してしまったそうで、破水から半日で無事に産まれてきたそうです。母子共に健康というので安心しました。結莉奈のお友達が出来たわ。

初めての子なので、今は徹夜の毎日だそうです。どうも夜、寝てくれないそうで、困ってました。私なりのアドバイスをちょっとだけ言っておきました。また実家から自宅に戻ると色々と苦労するだろうと思いますが、頑張って育児してもらいたいと思ってます。

結莉奈と遊ぶようになったら、また楽しみだわwink

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2010年12月10日 (金)

クリスマスプレゼントの条件

2週間後に迫ったクリスマスxmas翔平は楽しみにしています。

サンタさんから貰うプレゼントpresentも先月から決まっていました。プラレールbullettrainのハイパーガーディアンというシリーズの中にある「パトライナー」というのをサンタさんにお願いしています。

プレゼントを貰えるために、私がある条件ではないですが、翔平に言い続けていたことがありますsmileそれは、翔平の身長です。

幼稚園では、毎月一回必ず身体測定があります。先月までの身長は、99.4か99.6㎝ぐらいでした。なので、「身長が100㎝になったら、サンタさんからプレゼントpresentが貰えるよhappy01」って私が翔平に言っていました。その効果もあってか、嫌いな野菜もこれを言うとその場限りですが、食べてくれますconfident

そして、昨日は身体測定の日でした。見事に身長は100.0㎝で条件(?)をクリアgoodしましたhappy02これで翔平もちょっと一安心みたいです。まぁ、どっちにしろプレゼントpresentは貰えるんですけどねbleah

子供だましとはいえ、意外と効果はあったようです。

これでクリスマスの朝は、喜ぶ顔が見られそうですwink

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2010年12月 1日 (水)

愛犬との別れ

11月27日(土)の午後11時20分頃、私の実家で飼っていた愛犬dogが13才で亡くなりましたcrying実家に来てから13年7ヶ月と2日でした。

この日、私は前日から喉と鼻からくる風邪を引いていました。昼から旦那は用事があり、夕方頃まで出掛けていました。結莉奈にミルクを飲ませた後、私は寝ていました。夕方、旦那が帰ってきて、寝ている私を見て「熱あるよ。」って言われました。そのまま、しばらく寝て、夕食の支度をしないといけないと思い、起きて熱を測ると38.7℃ありました。それでも、だいぶ喉の痛みが落ち着いてきていたので起きて、家事をしていました。夕食は、旦那がインスタントラーメンで良いと言うので作り、私もあまり食欲がなかったので、麺類を食べることにしました。

19時過ぎに食べ始めると、家の電話が鳴りました。私の母からでした。電話に出ると母の声は暗く、愛犬の様子が悪く、危険な状態かも。。。という一報でした。11月に入ってから調子が悪くなってきていたことを前から聞いていたし、20日の日に見た時はやせてきてはいたけど、ちゃんと歩いていたのでビックリしました。一報を聞いた時点で私は涙があふれてきてしまいました。電話を切ったあと、旦那が実家に行こうと言ってくれたので、実家に行きました。すると、姉一家も来ていました。義兄も仕事が休みだったので、全員が実家に集まりました。

私たちが行くと、愛犬は既に寝たきり状態で、ちょっと前に嘔吐したようで、息が荒くて辛そうでした。しばらく愛犬を見ていると、だんだん落ち着いてきて、自力で起きようとしました。しかし、上半身を持ち上げるだけで後ろ足は動かない状態。すぐに疲れたようで、バタンとまた横になってしまいました。愛犬のお尻にはオムツが付けられていました。便が軟便で、自分でトイレに行くことも出来ない上、自力で便を出すことが出来なくなってきていました。

21時前に、父が仕事から帰ってきました。父が帰ってくる時間に、また上半身を持ち上げて、起きて出迎えようとしていました。でも、やっぱり立ち上がることは出来ず、また横になってしまいました。喉が渇いているだろうということで、父が注射器を使って水を口の中に入れてあげたのですが、飲み込むことが出来ませんでした。

30分ぐらいして、子供達もいるので今日は自宅に帰るようにと母から言われ、みんな帰ることになりました。家に戻り、旦那が翔平と結莉奈をお風呂に入れてくれて、寝かしつけました。

そして23時半頃、私の携帯が鳴りました。母からでした。出ると、涙声で母が「今、逝っちゃった」って言いました。「今日は遅いから明日会いに来てあげて」って言って電話を切りました。すぐに、今度は姉から電話が入り、「今から私だけ実家に行くけど、一緒に行く?」って聞いてくれたので、お願いして、私と姉は実家へと駆け付けました。

最後は、けいれんを起こして亡くなったとのこと。寝ているようで、呼んだら起きてきそうな顔をしていました。母は、ショックで泣き続けていました。ちょっと落ち着いたところで、火葬をどうするかの話をすると、母は「このまま、剥製にしたいweep」って言い出し、姉が「それはダメだよ。ちゃんと火葬して供養してあげないと可愛そうangry」って母を説得していました。

異変が起きてから何度か獣医さんに連絡を取ったのですが、学会で往診に行くことが出来ないと言われ、とりあえず落ち着いてきていたので様子だけ話、明日往診に来てくれるということでした。しかし、助からなかったので、もう一度先生に電話をして、亡くなったことを伝え、火葬をどこですればいいか教えてもらいました。獣医師会が推薦するお寺を教えてくれたので、そこですることに決まりました。

母の希望で、立ち会い葬儀になり、29日の月曜日に子供達は連れて行けないので、両親と姉と私と結莉奈の5人で葬儀に参列してきました。人間と違い、遺骨は小さく、それでも内蔵が悪かっただけなので、骨は立派でした。喉仏がしっかりとした形で残っていたので、骨を家族で拾い、骨壺に入れ、骨箱は持って帰ってきました。

火葬の際、段ボールのような紙の棺だったのですが、中には餌と遊んでいたボール、お花を入れてあげました。母は手紙を入れてました。姉のところは、子供達が一人一人、手紙を書いていたので、それを入れてあげていました。私はあえて何も用意しませんでした。母があとでゆっくりと読ませてもらうということで、小3の甥っ子の手紙だけはコピーを取っていました。甥っ子の手紙を読ませてもらいました。「歌を作ったよ」って愛犬の名前が入った歌の歌詞が書かれていました。しかも2番まであり、歌詞の最後には「1分04秒」って長さまで書かれていて、ちょっと笑えてしまいました。手紙の内容としては、誤字脱字はもちろん多かったのですが、最後にしっかりと感謝の言葉も書かれていて、ちょっと感動してしまいました。

年中の甥は、手紙が書けないので、自分のすきなシールを貼っていました。小1の姪っ子は、特にショックを受けていて、日曜日に死んだ愛犬の姿を見て、姉に「帰りたくない」って言って、ずっと泣いていたそうです。家に戻った後、子供達に手紙を書くように言うと、ようやく落ち着いて手紙を書いたそうです。年中の甥は、お姉ちゃんの泣いている姿を見て、「何で泣いてるの?イイ子にしていたら、病気が治って元気になるのに」って言っていたそうです。年少の翔平もよく分かっていないので、私が言い聞かせても「どこにいるの?」って探していました。

愛犬は、11月に入ってから元気がなく、餌も食べなくなっていました。病院に連れて行くと、腎臓が悪くなっていると言われていました。亡くなる三日前には、違う病院に連れて行き診てもらったそうです。するとかなり悪くて、手のつけようがなかったそうで、それでも先生が「何とかしてあげたい」って他県の病院でCT検査とか出来ることを教えてくれていたそうです。しかし、検査する前に力尽きてしまいました。たった三日間だけの付き合いでしたが、良い先生に診てもらえて、母も喜んでいました。

愛犬との出会いは、13年前の4月下旬でした。母が当時働いていた会社で、同僚の人がお客さんから「いらないからもらってくれ」って勝手に手渡された犬でした。当時、生後1ヶ月ぐらいの子犬でした。みんなで里親捜しをして、毎日どこかの家族に家に行っては翌日また母の働く会社に戻ってきていたそうです。貰い手が見つからなかったら保健所行きだと言う話も出いていました。週末になり、どうしようかと言う話になったところで、母が「私が連れて帰る」って言って自宅に連れて帰ってきました。私が犬を飼いたがっていたことを知っていたのと、可愛そうだったので連れて帰って来ました。

たまたま、その週末は、父が慰安旅行で留守にしていました。父からは、当時同居していた祖父母が動物が苦手だということで、犬は飼えないと言われていました。父が知ったら、絶対に反対することは母も分かっていました。このまま、またたらい回しされて保健所に行くようになるのは避けたかったので、母は父を説得するつもりでした。

父が慰安旅行から戻ってくると、いない間に勝手に連れて帰ってきていたことに激怒していました。「犬は飼えない!返してこい!」って、普段怒ることのない父が口もきかずに怒っている姿を見たのは、私は初めてでした。週明け、母が「お父さんが許してくれないから、会社に連れて行くね」って言って、私は保健所に連れて行かれるのだけはイヤだという思いから、泣いたまま学校に行きました。父が私の泣いている姿を見て、犬を飼うことを許してくれました。父は私が、ちゃんと学校に行ったか心配になったようで、母に学校へ電話して様子を確認して、許しが出たことを直接母から聞きました。

その日の夜から、正式に犬を飼うことになりました。今まで怖がっていたのに、飼うことが決まってから安心したようで、お腹出して寝るようになり、ようやく私たちに慣れてきてくれました。

それからだんだん大きくなり、冬場は私の部屋で私の布団の中に潜って寝たりしてました。私の部屋にはエアコンが付いてなかったので、愛犬が布団の中で寝てくれるので、湯たんぽ代わりではないですが、とっても暖かかったです。夏場は、私の部屋の床で寝転がって寝ていました。初めて犬を飼ったこともあり、分からないことばかり。歯が抜け替わることも知りませんでした。避妊手術をした数日後、抜糸しないといけない糸を自分で噛みきってしまい、獣医さんを驚かせたこともありました。

愛犬がいてくれたことで、しつけ訓練士の資格を取ることも出来ました。教わったことを愛犬で実践してみて、愛犬との接し方も変わりました。困った犬ではありましたが、思い出はたくさんあります。翔平は、愛犬が苦手だったのですが、結莉奈を出産した時から、実家で生活するようになって克服してました。毎晩、母が愛犬の散歩に行く時は翔平もついて行ってました。

結莉奈が大きくなるまでは元気でいてくれると思っていたのに、生まれて2ヶ月で愛犬が他界したことに私もショックでした。里帰りしている間は、とっても元気だったのに。。。

愛犬との思い出を思い出すたびに、涙が止まりません。。。weep将来、愛犬が寝たきりになったりしたら、私が看病してあげるsign03って思っていたのに、赤ちゃんがいる私にはそれが出来ませんでした。色々と後悔もありますが、最後まで元気だという姿を見せようとして、頑張って起きあがり、私に訴えかけるような目で見てくれたことは今でも忘れられません。

母が「うちに来て幸せだったのかな?」って言うので、「保健所行きだったのを我が家が助けてあげたのだから、幸せだったと思うよ」って姉が言ってました。本当に幸せだったのかは分からないけど、そう思ってくれていると嬉しいな~confident

早い命だったけど、辛い思いをこれ以上はさせられなかったので、今はゆっくりと天国で休んで、私たちを見守っていてくれることを願っています。

13年間、本当にありがとう。。。catface

最後まで読んで下さった皆さん、本当にありがとうごさいました。

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