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2012年7月 3日 (火)

手術について

前回、無事に母の手術が終わったことだけを報告されてもらいました。
たくさんの方が心配して頂いていたことに嬉しく思います。ありがとうございましたconfident

25日に入院し、26・27日は、結莉奈を連れてお見舞いに行きました。姉が迎えにきてくれたので、姉と一緒に行き、しばらくしてから父も母のところに来ました。
結莉奈はいつもと違うばあちゃんにちょっと戸惑った感じでしたが、しばらくして慣れてきて、じいちゃんも来たので、じいちゃんに引っ付いて歩いたりしていました。
途中で、紙パックのジュースを買ったのですが、結莉奈の大好きなイチゴを使った、いちごミルクを買ってもらいました。200ml入っているのですが、一気のみですぐに半分以上飲み干して、全部飲んでからも姉が同じのを買って飲んでいたのですが、それを欲しがり、取って飲んだりしていましたcoldsweats01

ちょうど行った時間がお昼前だったので、母のお昼ご飯が運ばれてきました。
結莉奈は、ばあちゃんが食べようとおかずのフタを取ると、「うわぁ~uphappy02」って声を出したので、みんなで大笑い。早速、おかずを貰って食べてましたcoldsweats01
あまり美味しくない病院食に感動して、催促しながら食べてる姿に姉が、「作った人が見たら喜ぶよ~happy01」って言ってました。
手術前に結莉奈を会わせたことで、母もちょっとは気が落ち着いたようでした。

病室に入って一番最初に目に付いたのが、「アルコール禁danger」という札でした。普通、何のことか分からないと思いますが、私はこれを見て、「ちゃんと注意喚起してあるよsmile」って思いました。
今から15年ぐらい前に、姉・母・父が立て続け交代交代に肺炎で入院したことがありました。運良く私はならなかったのですが・・・coldsweats01
母が入院した時、病室で点滴をしながら母と私は話をしていました。すると、母の顔がだんだんとむくみだしましたcoldsweats02それに気づいた私が、母に言い、すぐに看護師さんを呼びました。

すぐに点滴を中断。むくみの原因は、点滴を打つ時に使ったアルコール綿でした。
母は、アルコールアレルギーというか、アルコールを摂取しすぎると、じんましんが出てくるのです。なので、普段もアルコール類beerはほとんど飲みません。
点滴を打つ際に使ったアルコール綿が原因で急性アルコール中毒状態になり、顔がむくみだしたようですshock
それから母は絶対にアルコール綿はダメだと言うことを前もって伝えてあったので、「アルコール禁(=アルコール綿 禁止)」という札が掛かっていました。

話を戻して、28日の朝から母の手術は始まりました。
この日は、旦那も会社側から休みを取って良いと言われていたので、一日休みを取ってくれて、手術後、旦那と一緒に全員で病院へ行きました。

手術は10時半~17時半の約7時間予定で、母は8時45分には準備とかで移動しなくてはいけないと言っていました。
朝は私と姉は子供達のこともあるので、行くのをやめて、終わって父から連絡がきてから行くことにしていました。
なので、手術の間は父にお任せしていました。

途中で連絡もなく、17時前に父から予定より早く終わったと連絡phonetoがあり、今から説明を受けるので18時頃、病院に集合して、全員でICUまで行くことになりました。

父から手術内容を聞くと、母は大動脈弁狭窄症という病気で、2箇所の弁を換えなくてはいけないということで、人工心肺を使って機械弁と言われる人工弁に換える弁置換手術を受けることになっていました。

手術の結果、母は先天性二弁症だったことが判明しました。これは、武田鉄矢さんと全く同じ症状で、普通は弁が3枚ないといけないのが、2枚しかないという日本人の1~2%の割合である先天性の疾患です。今まで、母はそれを知らずに過ごしてきていたので、今回のことで知ることができ、手術も早くできたので良かったですconfident

これが原因で、一番悪くなっていた弁を人工弁に取り替えたところ、もう一つの弁が正常に動き出したというのです。なので、弁を2つでなく1つだけ取り替えることだけになり、予定より1時間早く手術が終わったそうです。

2時間ほど経って、子供達はICUに入れないので、待合室で甥・姪達と翔平で結莉奈を見ててもらい待っててもらいました。
父・姉・私と旦那の4人で母のところに行きました。
まだ麻酔から覚めていないので寝たまま。体も手術した後なので、まだそのままで肩が見えていたのですが、すごく浮腫んでいて、いつも以上に母の体が大きく見えました。
胸には手術で切った跡が見えていました。

まだ48時間は、感染症や合併症などが出ることもあるので、油断できない状態だと言われ、後は先生方にお任せして病院を後にしました。

ICUは面会時間が決まっているので、翌日の午前中に父・姉・私と結莉奈の三人で母のところに行きました。結莉奈は入れないので、父と交代しながら会いました。
半日経ったので、意識は戻っていて、酸素マスクはつけていましたが、まだ麻酔とかの影響で辛そうでした。

翌々日の30日は、土曜日ということもあり、ちょうど仕事でこっちに帰ってきていた義兄も母の顔を見に来ていました。
今回も結莉奈を交代で見ててもらい会ってきました。
ベッドの位置が変わり、酸素マスクも鼻からのだけになり、話もちょっとずつできるようになっていました。
どうも、麻酔から覚めた後からずっと、目eyeを開けるとピンク色のようなモヤモヤしたものが目の前に広がったりしていて、だんだんと普通に戻りかけてはいるけど、まだ残像のようなものが目の前にあると言ってました。

手術を担当した先生も来て、「経過が順調なので明日には個室に移動できますeye」って言われました。
手術翌日の29日の昼から、ご飯も出ると言ってましたが、まだ食べたい気分ではないし、痰のようなものが出ていたりして食欲がまだ無く、ご飯も全粥を2口入れるだけで精一杯だったそうです。まあ、点滴をずっとしているので食べなくても大丈夫なんですけどね。

1日の日曜日の昼前に、ICUから個室の病室へと移動し、子供達も会わせられるので、昼から翔平と結莉奈もばあちゃんに会いました。
だいぶ、話もできるようになり、しばらくしてからは歩く練習をするというので、その練習も見ていました。

3日以上ずっと寝たままだったので、歩くどころか立つことも一苦労。
血圧を何度も測りながら、無理しない程度で立ってみたのですが、立ちくらみのような状態でつかまっていても、立っているのが辛そうでしたwobbly
あまり無理をする行けないので、今日はこれだけで終わりました。

まだまだ、しばらくは安静しながらゆっくりとリハビリをしていかなくてはいけません。
今はまだ、一人でトイレに行くことも出来ないので、それができるようになれば、個室から大部屋へ移動できそうです。

入院・手術から順調だと約1ヶ月で退院できるそうなので、今月下旬には退院できるかなthinkその頃には、子供達は夏休みに入っているわcoldsweats01

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